Fat Tuesday Air Line
Gospel Music
Gospel Experience
私が初めてゴスペルを生で見たのは、1992年の2月。
バレンタインコンサートと題されたそのライブの会場は
なぜか笑いの殿堂NGKだった。
吉本興業は当時お笑いだけでなく、世界各国のマジシャンや曲芸などを招聘する仕事をし始めていたので、
ゴスペルもその一ジャンルとして、会場を提供したのかもしれない。

なぜ私がそのライブに行ったのかは、実のところあまり覚えてなくて、
アメリカやブラックカルチャーと名のつくものへの憧れが強かったからだと記憶している。
そういえば、会社へ行くときに聴いていたのが
アース・ウインド&ファイヤーだったので、黒人の声の持つ
パワーの秘密を確かめたかったのかもしれない。

そんな日本のブラック・ゴスペル創世記に招聘されたのは、
「ミシシッピ・マス・クワイア」だ。
1988年にミシシッピ州ジャクソンで生まれたクワイアで、
'89年に出したアルバム「Live in Jackson,Mississippi 」が大ヒット。
ビルボードのゴスペルチャートでNo.1Spiritual Albumに認められ、
アメリカ全土に名を上げた、ゴスペル界の旬のクワイアだった。

普段は100人で歌っているゴスペル集団、その中から30人がやってきてのライブであった。

舞台にズラリ並ぶ、ローブを来た黒人達。
もうそのときすでに、彼らの存在感に圧倒されていたのだけれど、歌いだした瞬間、
完璧に私は心を奪われてしまった!
30人の持つ声のうねり。鋭くて包容力のある黒人独特の声がまっすぐにこっちにぶつかって、
声のシャワーとなって降ってくる!
鳥肌がたった。
なんだろう、この心地よい声のバイブレーションは!

巨体を震わせて、体からいっぱいに声を出して、まっすぐに届く歌声。
私は思った。よく魂の叫びだというけれど、まさにこれがそうだ!
両手を空に掲げているその姿は、
そこに神様がいて、何かを届けようとするように
触ろうとするように、すがろうとするように、讃えるように思えた。
途中、ソリストに答えるように手拍子を打つ人や合いの手を入れるように「Yes!」と叫ぶ人などがいて、
まったく自分のスタイルで、笑顔いっぱいダンスしながら楽しそうに歌う姿は、
今までにまったく見たことのない、感じたことのない何か大きなものに満ちていて、
気がつくと、2曲目で泣いてしまっていた。

声とは、本当に強い意志を持っている。
伝えようと思えば、絶対に気持ちや意思は伝わるのだ。
意思が入っている声は、ちゃんとぶつかってくる。すごいと思った。
何かを信じる力、意思の入った声。
それが、独特のリズムとダイナミックなハーモニーとなって、
ビンビンと、私の体に伝わってくる。
初めて体験したあのバイブレーションは、一生忘れることはないだろう。

私はノンクリスチャンなので、クリスチャンの方々が感じる世界感とはまた違うかも
知れないけれど、
ゴスペルには、人間が生きる上での底チカラを呼び起こしてくれるパワーが絶対にある。
悲しいときは顔をあげろと励ましてくれるし、嬉しいときはもっと楽しんでいいんだと、
背中をどんどん押してくれる。心の中の明かりを掲げて、大きな流れに身を委ねろと教えてくれる。

今も、結局、あの夜買ったアルバム「God gets the glory」はヘビーローテーション。
ゴスペルを歌うと、いろんなことが丸裸にされるので、悩んだり迷ったりしたとき
原点に戻るため、このアルバムは永遠に聞き続ける予定です。


じつはこのライブには後日談があって・・・。

数年後、あるカメラマン氏と初めて仕事をしたときに、彼はジャズ雑誌の取材でこのライブを
撮影しに行っていたことが判明。
出会う前に、同じ会場に、同じ時間に居合わせたってことに、ほんとに驚いた。
私があまりに興奮して、ミシシッピについて語るので、
「ためし焼きが残ってるから、あげるわ」と、翌日2枚の手焼きの写真を持ってきてくれた。
それは私の宝物のひとつ。
片方の列しか写ってないし、ざっとためしに焼きましたという風情のモノクロ具合だけど、
そういう偶然がおこって、写真が私の手元にやってきたことを思うと、
あの会場で、私とゴスペルの間に、何かが交わされたのは確かだと思ったりしています。

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